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第一章 魅惑のシングルライフ |
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ここだけの話、私の辞書に「子育て」という文字はなかった。自分の思い描いている生涯のライフスタイルの中には、含まれていなかった事だったのである。
だいたい昔から私は人と違ったことをやるのが好きだった。大勢で遊ぶのも好きだが、独りで色んなことを体験するのはもっと好きで、気が向けばふらりと海外旅行に行ったり、どこか海外に住んでみたいと思えば、即実行!ワーキングホリデービザを取得してニュージーランドに渡ったりと、自分の気の向くまま、足の向くままに行動して生きてきた。
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夜のネオン街を飲み歩くのも大好きだった。私が20代の全盛期の頃は、松田聖子や中森明菜が大ブレークしていた時代である。自慢になってしまうが、私は歌が得意だ。カラオケ大会荒らしと異名をとった事もある。若さも手伝ってか、私がスナックで1曲歌えば、どこからかビールやつまみの差し入れなんぞがもらえたものだ。
もともと美人に生まれついていないので、高校時代まではもてた事が一度もなかった。そんな私が歌のおかげで、拍手喝采をあびたり、ちやほやされるのはとっても気分がよかった。だからカラオケボックスよりも、お客のいるスナックに行く方を好み、せっせと通ったものだった。 |
| つけくわえて言うならば、どちらかというと私は子どもが苦手だった。なにしろ、ワガママだしうるさいし自己中だし・・・。なついてくる子どもはかわいいなとは思うが、とても24時間ともに暮らせる忍耐力は自分にはないと思ってた。だから同年代の友人がせっせと子育てに追われているのを見て、ちっともうらやましいとは思わなかったし、逆に自分の時間をもてなくてかわいそうに・・・と同情の目で見ていたほどだった。 |
自分の稼いだお金で、自分の好きなことをしておもしろおかしく暮らす。ああ、なんて楽しいシングルライフ!
そんなライフスタイルが超お気に入りで、60歳や70歳になってもずっとこうして暮らしていくつもりだった。老後に独りは淋しいよと人は言うが、その時はその時だ。その年になってから、いきがいと呼べるものを見つければいい。老人ホームに行ってから老いらくの恋に走ってもいいじゃないか。
彼氏と呼べる男をつくっても、結婚する気はさらさらなかった。自分の両親の不仲を見て育った私は、もともと結婚にあこがれなんぞ、かけらほども持っていなかったのである。
そう、あやかという小さな命が、私のお腹の中に宿るまでは・・・。 |
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