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第二章 妊娠 その1「こうのとりがやってきた!」 |
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それは突然やってきた。もちろん彼氏がいたわけなのだから、100%ありえないことではない。しかし、自分に限ってはと思っていたので、さすがに驚きは隠せなかった。
病院で見た小さな命のエコー写真。たった5ミリの大きさだ。まるでめだかの赤ちゃんみたいな形だが、でも確実に生きている。その時私の気持ちは固まった。自分のライフスタイルを180度転換してみようと・・。40歳にしての妊娠なのだから、神様がくれたラストチャンスだと思った。それにこの子は女の子みたいだし、一緒に生きていくのにいいかも・・・となんか妙に確信めいたものがあった。まあいい年して「できちゃった結婚」てのはちょっと恥ずかしかったけれどね・・・。
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その2「すわっ!流産の危機!?」 |
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最初に●●病院に行ったとき、「子宮筋腫がある」と指摘された。「知らなかったんですか?筋腫があると妊娠に色々影響があるんですよ」と怒られた。そういえば、ここ何年も子宮に関しての健康診断なんぞ受けたことはない。過去何年も前に1回だけ子宮ガンの検査をして、あまりの痛さにもう二度と受けまいと思ってたからである。
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| そのむくいなのか、3ヶ月に入った12月の寒い日に突然の腹痛。痛いなんてものではない。お腹から腰から、やりで突き刺されているみたいだ。夜も眠ることはできないし、どんな格好をしていても痛いので、布団の中で転げ回っていた。その日は土曜日だったのでなんとか我慢したが、次の日はもっとひどくなり、がまんしきれずに救急でみてもらうことにした。ちょうど最初に担当してもらったN女医がいた。しかし、開口1番「冷やしたでしょう!!安静にしてなかったでしょう!」と怒られた。しかも「治療法はないからね。安静にして寝てるしかないから」とつっぱねられ、無情にも帰された。 |
言われた通りにしていたが、なにしろ痛くて眠れない。七転八倒している私を見かねて祖母が「とにかく病院を変えてみよう」と言い、月曜日の朝に★★★病院に連れていってくれた。
★★★病院のU先生は診察をはじめてすぐに「あ〜こりゃ入院だねえ〜」と言った。痛みで言葉を発することもままならない私に変わって祖母が「なんとか母子ともに助けてやってください」と頼んでくれたが「助かる確率は五分五分だよ」と言われてしまった。
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その3「入院生活からお気楽な安静の日々へ」 |
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入院して安心したのか、痛みは徐々に薄れていった。4人部屋だったので友達もできた。つわりがひどくて入院したAちゃんとか、予定までかなりあるのに子宮口が開きかけちゃってしばる手術をしなくてはいけないYちゃんとか、みんなけっこう色んなことあるんだなあって思った。
先生にどれくらい入院するのか聞いたら、その人によって色々だよと言われた。中には産む日までずっと入院してる人もいるとか・・・。ひえ〜、もしそうなったら入院費どれくらいかかるんだああ〜っとびびってしまったが、そういう事考えるゆとりもできたって事は、大丈夫なのかな?
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案の定、14日ほどで無事退院。年末年始を実家で過ごすことができた。「安静」は絶対条件なので、その日から食っちゃねのお気楽なマタニティライフが始まった。不思議とあのひどい痛みはウソのようになくなり、また4ヶ月を過ぎる頃にはつわりもぱたりとなくなった。
5ヶ月に入ると、食欲の時代が到来した。後にも先にもあんなにごはんや食べ物がおいしいと感じたことはなかった。一日中、今日は何を食べようかと食べ物のことを考えていた。テレビのコマーシャルに出てくるものすべてが、おいしそうに見えて食べたくて仕方がないのだ!バナナにハマった時は1日に5本も6本も食べた。夏みかんも同様。かぼちゃの入ったうどんがおいしくてたまらない!!あやかが今うどん好きなのはそのせいなのかな? |
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その4「ダウン症の検査は!?」 |
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痛みやつわりがおさまって余裕が出来ると、人間勝手なもので色んな事を考えてしまう。果たして五体満足の子を無事生めるのか否か!?なにしろりっぱな高齢出産だし、ダウン症の出生確率が高くなると本に書いてあった。もし、障害をもつ子が生まれたとしたら、自分にちゃんと育てられることが出来るのか?それに20代の母親を持つ子に比べたら、この子は確実に早く母親を亡くすことになる。自分が亡くなってしまったら、この子の人生は一体どうなってしまうのか?色んな事が頭の中をかけめぐる。
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悩んでいてもしょうがないので、一応先生にどんな検査なのかを尋ねてみることにした。一日入院して出来る検査で、費用は約10万円。先生曰く「子宮に穴を開けることになるから、普通の人でも流産の危険が高くなるし、ましてや子宮筋腫のある人にはもっと危険なのでおすすめ出来ない」とのこと。
せっかくなんとか流産の危機を乗り切ったのに、そんなリスクをおってまで検査を受ける気はない。とりやめて正解だったと今になって思う。あやかが2歳3ヶ月頃に「たったひとつのたからもの」というドラマを見た。秋雪くん役の子たちの、なんてかわいいことだろう!なんて一生懸命に生きていることだろう!!最初から最後まで泣きっぱなしだった。そして、一瞬でも検査を受けようなんて考えた自分を恥じることになった・・・。 |
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その5「赤ちゃんの成長はすごい!」 |
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毎月、病院に行くたびにエコーで赤ちゃんを見せてもらえるのだが、驚くほど早く成長している感じをうける。最初はたった5ミリのさかなもどきだったのが2〜3ヶ月ほどたつと、もうりっぱな人間の形をしているではないか。自分のお腹がふくらんでいくと同時に赤ちゃんも育っていく。
胎動も5ヶ月くらいから感じるようになった。最初はぴくんっと魚がはねるみたいな感じだったり、ぞぞぞぞぞっとミミズみたいな虫くんがお腹の中をはっているようだったりした。それがだんだんと強くなっていった。
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| エコーを見せてもらえるのが楽しみで病院に行くのだが、いっつもちび(名前がつくまでそう呼んでいた)は背中を向けていたり、手で顔を隠していたりと、なかなかお顔を見せてくれなかった。その後結局私は出産してご対面するまで、ちびの顔をおがめないことになった。まあ、親が親だからよっぽどぶさいくな顔なのかもしれないねえ・・・と言って家族と笑ったものだった。 |
| 7ヶ月目に入ると性別が判明した。女の子だった。やっぱりねえと思った。なぜかこの子は女の子だと確信めいたものがあったからね。(名前も女の子用しか考えてなかったのさっ!)私の祖母はもう大喜び!なにしろかわいいお洋服着せたり、髪をゆったり色々楽しみがあるからねえ。これは美容師のサガなのかもしれないね。 |
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