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神津忠治の旅日記

平泉・気仙沼・三内丸山遺跡

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  2025.6.27 中尊寺・気仙沼

 2025.6.28 気仙沼市震災遺構・伝承館

 2025.6.29 三内丸山遺跡

佐久平910発→大宮→一ノ関1210

大宮駅でのハプニング。856分の茨城県北部地震(M4.4)により新幹線に4分の遅れがあった模様でした。「はくたか」からの乗り換え時間が7分と短かったので、時間通りに到着した列車に乗車し、指定席に向かったら、すでに乗客がおり、車内は満席状態です。おかしいなと思い、電光掲示板を見たら「はやぶさ」。慌てて降車しようと出口に向かうも、空しくドアが閉まり、発車してしまいました。

仕方ない、次の停車駅で降り、指定券をとった「やまびこ」に乗り換えようとデッキでの立ち席で、次の停車駅「仙台」まで321.5qを1時間余の立ち席乗車。山間部に入ると結構揺れて疲れました。

「やまびこ」は各駅停車なので、仙台到着は約30分後でしたので、仙台駅では「牛タン弁当」をゲットでき、超満足な気分になり、後続車を待ちました。

この後は予定通りの旅行ができました。

仙台から乗車の「やまびこ」の中で昼食を摂り、一ノ関到着後は東北本線にて平泉下車。早速、手荷物をコインロッカーに預け、駅前のタクシー乗り場から中尊寺に直行。運転手さんのお勧めで、「楽なコースが良いか、苦労なコースが良いか」と尋ねられ、即、「楽なコース」でお願いしました。(月見坂を昇ると下るの違いが分かり、タクシー料金100円の差は計り知れませんでした。)

運転手さんから、まずは、「中尊寺ハス」を見てからチケット売り場で入場券を購入し「讃衡蔵」を観てから「金色堂」観てくださいと教わり、その通りの拝観をして月見坂を下りました。(なるほど、この坂を上るのは無理に近いと実感した旅程でした。)

雑学@:中尊寺ハス

昭和25年(1950年)に金色堂に安置されている奥州藤原氏父子四代の「ご遺体学術調査」が行われ、その折、四代泰衡公の首級が納められていた首桶から、百粒あまりのハスの種子が発見されました。

この中の5粒を大賀ハス(1951年、千葉市検見川の東京大学検見川厚生農場の遺跡から約2000年前のハスの実3粒を発見し、発芽を試み、1粒が翌年開花)で有名な大賀一郎博士が、研究資料として持ち帰り、その後その種子は大賀先生の門弟長島時子先生(恵泉女学園)の丹精により、去る平成10年(1998年)7月、800年の眠りから目を覚まし、一輪の花を開花させました。(花は7月〜8月が見ごろです。)

 

帰りは平泉1405発の東北本線に乗るべくタクシーを予約し平泉駅に向かう時の運転手さんが行きと同じ人でした。平泉駅には発車数分前に到着しましたが、手荷物を出している間に、列車が発車してしまい、乗り遅れ。

一ノ関では東北本線との待ち合わせが30分弱あったので、再びタクシーを呼んだら、平泉駅で次のお客を下ろした運転手さんが「神津さ〜ん」と叫ぶので、寄って行ったら3回目の乗車も同じ運転手さんでした。

平泉の奇遇に「中尊寺のご利益」を感じた旅となりました。

雑学A:「一関」と「一ノ関」

「一関」は市の名前。「一ノ関」は新幹線の駅の名前。

一関では餅文化があり、宴席の最後に「餅」が出るとのこと。信州では締めに「蕎麦」を出す文化に似ていました。

一ノ関1440発の大船渡線に乗車し、一路、気仙沼へ 1606着。

気仙沼駅から宿舎の「気仙沼プラザホテル」まで送迎バスで直行。2014年の同じ日に気仙沼で一泊しましたが、その時の状況から比べると雲泥の差で復興が進んでいました。

楽しみの夕食は、フカヒレ三昧の料理に舌鼓を打ちました。殻付きウニ、フカヒレステーキ、フカヒレスープなどなど。